執着を手放す
こんにちは
私たちの心は、
いとも簡単に執着をつくりだします。
「美味しい」と感じたら、
「また食べたい。」
「もっと美味しいものを食べたい。」と思います。
「二度と食べたくない」とは感じない、
「いい音楽(曲)だ」と感じたら、
「また聞きたい。」
「他の曲も聞いてみたい。」と思います。
「二度とこの曲は聞きたくない」
とは感じないのです。
これも、ひとつの欲です。
この欲が何がなんでもとなったときが
執着になります。
生きている限り、
お腹は必ず空くし、心地よいものは何度も体験したい。
ということは、生きている限り欲があり、
執着は起こるりうるのです。
なんという、矛盾。
なんという、不道理。
だからこそ、こう感じて欲しいのです。
【執着は生まれながらに持っているものである。
生まれながらにして矛盾や不道理を抱えて
生命の時間がある。】と。
私はこう思っていました。
大人になれば自由になれる!!
確かにある一面では、そうでした。
でも、欲はどうでしょうか。
小学生の頃より、
はるかにたくさんの種類の料理を食べ、
はるかにたくさんの遊びや趣味を知り、
はるかにたくさんの経験をしてきました。
その分、欲が増え、もっともっとという、
不自由さや生きづらさも手に入れたのです。
そうなんです、どんどん執着は増幅していくのです。
一方、私たちが手に入れたものがあります。
それは、理性・知性です。
小学生の頃より、
おもちゃが欲しいと泣き叫んだり
しなくなりました、
はるかに常識を覚えたのです。
ハンバーグが食べたかったと
ごねたりしなくなりました、
はるかにガマンもできるようになりました。
私たちは、
【理性を使って今をしっかり認識し、
執着という我欲を捨てる決意を
することができるのです!】
あなたの心はあなたが自由に
することができるのです。
あなたは小学生の頃よりはるかにたくさんの
知性や経験を積んできた。
大丈夫です、
あなたは執着という我欲を手放し捨てられます。
さあ、おもいっきり自由になりましょう!!
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